いかめしちゃん日記

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自我も真我の中

特別な3週間とその後


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前回も書いた 特別な3週間 

ちょっと書くには迷いましたが

だいぶ整理もできたので、もう少し書いておきたいと思います。

 

出産を終えた長女と、新生ベビーちゃんのお世話で精一杯の毎日

普段とは違い、私の頑張りスイッチは爆押しされてました

疲れたけど、やりきったと思います。

 

 

今回わかったことのひとつ、長女には寄り添うべき人が出来ていたということ。

パートーナーである旦那さん、生まれたてのベビーちゃん。

もはや私に関心はなくなってる、それでいいのです。

 

彼女が私にみせた自分本位な振る舞いは

過去には私も母にそうしたはずだし、これは悪気のない(気取りのない)甘えの構造というか

自分に没頭しているからこそ、と思います。

 

これからも私は変わらず、愛情を持って接するのみです。

 

 

そしてもうひとつ

(前回も書いていますが)この期間はネットとテレビがなかった

ということは 娯楽・気分転換になるものがない。

 

少しは自分に娯楽を与えようと、好きなアーティストのCDやBlu-rayを買ってみたりしましたが

不自由さがジワジワ染みてきます、終始ずーっと。

 

 

これらが重なって

いずれにしろ、自分で気づかないうちに、自分自身に集中してしまう環境だったようです。

思いがけず深く深く、自分に潜り込むこととなりました。

 

 

具体的には、寂しかった。

 

寂しい?

なんだか飛躍してしまいますが、無力感や寂しさがいつもありました。

 

常に寂しい、あとはみじめさ

しょっちゅう込み上げる複雑な感情 

 

誰の?

人の感情をもらってしまうことがあるので、誰の感情か探してみたけど

やっぱりあれは自分のものでしょう。 

 

だいたい夜になると手に負えない

蓋をして感情を無にして寝てしまおうと思っても、

無視した反動なのか、興奮して眠れない。

 

しっかり感じるしかできなかった。

なんの体験か不思議に思いながらも、実際泣きました。

 

自分でも知らないどこかにあった悲しみにたどり着いたのか 

よくわからないけど、

 

滞在を終え、自宅に戻るところでちょうど終わることはできたようです。

 

 

なんか、やたらとしんどかったなぁと、振り返って考えると

あの期間は、自分の深いところに留まる時間だったと思えます。

 

 

そのあと、確かな変化を感じることになるんですが

あんなにマイナスな感情を感じ切ったあとにもたらされたのは、なぜか、自分自身への深い一致でした。

 

 

こういうのを表現する言葉ってあるのかな…

どうにか言葉にするなら、

 

一切の言葉を超えるような

自分への深い信頼と愛おしさ

こんなところまでが自分だったんだ、、とかかな

 

境界が溶けたことで、境界があったことがわかりました。

 

【言葉で届かないほど深い一致】です。

 

起きた物事に、いちいち意味を付けるのもどうかと思うけど

-ちゃんと用意された時間だった-

ということで決着です。

 

あれから私の心はずっと温かです。