いかめしちゃん日記

いかめしちゃん日記

自我も真我の中

気持ちがいい


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私にはメンターがいる。

その人は、私が本心から話をする一人で、

高次の存在と私とを繋いでアドバイスをくれる人で、

アドバイスじゃない話もする相手。

 

そのメンターさんが、いままで14年書き続けた膨大な量のブログを、最近整理した。 

そうとう腰が重かったと思うけど、彼にしては軽やかにやってのけました。

なんというか「そういう時期に入った」と感じる、私にとって象徴の出来事でした。

 

 

私がこの夏に感じてこのブログに書いていたことがら

絶賛マイナスパーティー、立ち直れない私、夫の重さに左右される私、などありましたが

10月初めにほとんどが解消してしまいました。

 

私の振り子は反対側に振れたようです。

 

あれほど私を捉えていたことたちが、煙のように消えたわけだけど、

実は、メンターの力を借りてワーク的な取り組みもあってのこと、と思う。

いったん、もっとも底の部分までちゃんと着いてから折り返すことができたのかな

まさに浮き沈みそのもの。 

 

苦しい気持ちを味わうことは、解消の過程なんだろうね。

 

暗い時期、なんならずっと落ち込んだままでもいいと思ったのは、

抵抗する気力がないのもあるけど

任せていれば、いずれ着くところに間違いなく着くと確信していたし、もう受け入れるしかないから。

 

もちろん、こうして解消解放までが決まっていたのだと思う。

 

しかも、もっとすごいことに、いまだここは通過点なんだよね。

本当にすごい。

 

ブログに書いておくと解消されることが多いと、ふと思う、

書くことで何かの力が働くのかな。

解消の時期にちょうどブログに書きたくなるのか、わからない。

 

 

数年前の自分迷子だった頃に占いに行った話を、以前のブログに書きましたが 

占い師に、私みたいなタイプの人は何が幸せなんだろう、と聞いてみたことがあった。 

そのとき出たカードはカップの10だったかな、

「あんたはもう幸せなんだよ 幸せを確認するためにいろいろやってるだけ」と言われました。

実際にその通りなんです、今でもときどき思い出すエピソードです。

 

この3ヶ月間は、確かに浮き沈みの「沈み期」だったけど、それでも私は幸せだった。 

気分はめちゃくちゃ暗くても 落ち込みたいときに好きなだけ落ち込むことができるのは幸せだし、

どっぷり落ち込む自分が、いま思えば楽しくもあった。 

あんなに苦しい気持ちのさなかでも、決して不幸ではないのです。

とっくに幸せなので、そこは変わりようがない。

 

 

 

冒頭に書いた私のメンターさんが、せっせと古いものを整理をしているこの時期

私もさらに「いらないもの」がわかるようになって、処分や判断が軽くなりました。

 

でもその心境とは逆に、自分に見合うものを探りながら、

服や小物を買い足したり入れ替えたりもしてます。

 Love myself です、楽しいね。

 

 

最後に、BTSがコラボしたことで知った coldplay のことを少しだけ。

coldplayを知ることが出来たのは、ギフトでした

本当に素晴らしくいい曲が多いです。

 

 

軽くなった頭と気持ちに、coldplay の曲がとても心地よく響きます。

最高の最高に、気持ちがいいです。